ジャズ好きすぎる私たちと街角のBGMに思うこと

知っている人もいると思うが、僕は飲食店などの店舗のBGMに関して非常にうるさい。僕とデートなんかに行くと、行くところところで「この店、BGMが微妙だね…」とか言い出すから要注意である(ウザいという自覚は十分にある)。それはきっと、僕が音楽好きであったり、ガジェット好きであったり、あるいは喫茶店好きであることに、大きく由来している。店に合っていない選曲や、音量が大きすぎるBGMは、どれほど美味しい料理を出す店であってもすべてを台無しにしてしまうと、僕は思っている。

ここ最近、特に感じているのは、飲食店のBGMがあまりにもジャズ過ぎるということだ。気づいている人も少なくないと思うが、ありとあらゆるジャンルの飲食店でジャズが流れているのだ。喫茶店ならまだしも、不思議なことに、居酒屋、カレー屋、牛丼屋などでもジャズが流れている昨今なのだ。こうして記事をかいている某コーヒーチェーンも、BGMはやっぱりスムースジャズである。

多くの場合、飲食店はBGMに有線を使っているだろう。JASRACに著作権料を支払って自前のCDを流すといった手間を省いて、500近くあるチャンネルの中から好きなものを選んでおくだけで、店舗にBGMを流すことができる。有線のチャンネル一覧のページで、居酒屋というカテゴリを開くと、恐るべきことにそこに並んでいるのはほとんどがジャズというくらいなのだ。いつからなのか定かではないが、ジャズ=かっこいいBGM、みたいな図式ができあがってしまっているような気がする。もちろん、ジャズは大好きで普段からよく聞いているし、否定するつもりはないけど、それにしてもそれしか選択肢がないのかと思ってしまう。

むしろ最近では、J-POPを流している飲食店に、非常に好感を持っている。先日友人と行った居酒屋では、なんとJ-POPが流れていたのだ。僕はそのことをこっそり楽しみながら3時間ほど飲んだり食べたりしたわけだが、ビールにも日本酒にも、J-POPはよく合うということを実感した。音量が適切だったということもあるだろうが、それらは決して主張しすぎず、さり気なく空間を支えていたように思う。おそらく、僕が普段抱く居酒屋とジャズという組み合わせの違和感というのは、対して洒落乙な居酒屋でもないのにBGMばかりがオシャレになりすぎているというミスマッチ感なのだと思う。そう考えると、和食だろうがイタリアンだろうが、がやがやしている居酒屋にこそ、J-POPがむしろちょうどいいということは、大いにある。

そして、その店のBGMがちょうどよく感じられたのは、ジャズではなくてJ-POPだったからというよりは、その音量が適切だったからという理由が大きい。どんな選曲だろうが、結局のところ何よりも大切なことは音量だ。それは極めてデリケートな問題である。BGMの音量が大きすぎると、客の声が自然と大きくなり、アルコールの力も手伝って、そしてまた別の客の声も大きくなる。そうして、次第に店はうるさくなっていき、やがて音量的に飽和状態になってしまう。週末の大衆居酒屋のような店を想像していただければわかりやすいかもしれない。そのような店では、僕たちはほとんど叫ぶような声量で会話をしなければならない。

客は音楽を聴きに来ているわけではないということを、オーナーは決して忘れてはならない。音楽を聴きたい人はタワーレコードにでも行くのであって、僕たちは出来たてアツアツのグラタンをつつきながら友人と多くを語るために喫茶店に足を運んでいる。BGMによって、客にいつもより大きい声を出させるようなことがあってはいけないし、もっと厳しいことを言うと、グラタンがぐつぐつと煮える音をかき消すようなこともあってはならない。だから、BGMは聞こえるかわからないくらいの音量であるべきだと、僕は思う。 本来なら空間の雰囲気をよりよくするために使われるべきBGMが、適切に機能せず、多くをぶち壊してしまっている飲食店は、残念ながら多い。なんか流しておけばいいだろう、くらいのノリで有線のジャズチャンネルを適当に流しておくくらいなら、窓を開けて蝉の声でも聞かせてくれたほうが、まだマシである。

BGMは決して語ってはいけない。客たちを語らせることが、BGMの本来の役割なのだから。

買い物しようよ!

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