石田衣良「美丘」

石田衣良を読み始めたのは、高校生のはじめの頃だっただろうか。最初に何を読んだのか、どこの書店で出会ったのか、あるいは誰かに勧められたのか、まったく覚えてない。ただひとつ言えることは、石田衣良が以来私にとって最も好きな作家のひとりになっているということだ。文庫化されたもののほとんどは購入してきたが(半分くらいが積ん読状態)、いろんな石田衣良があるんだと改めて感じた。「美丘」はそんな小説だった。

こうったジャンルの小説を読み始めようとすると、恋人が病気で死んでしまうなんて、よくあるケータイ小説のようなものだと私たちは構えてしまいがちだ。だが、この小説は違った。そういったカテゴライズを可能にさせないだけの中身があるのだ。

この小説の土台になっているのは、美丘という人間の魅力だ。例えば、大学の芝生に一人で座って、ただ空を見つめているような女の子がいたら、何かぐっときちゃうものがあるはずだ。もっと具体的にいうと、山田詠美の「ひよこの眼」の主人公のような女の子だ。そういった魅力は、決して美丘が自分自身の死を知っていたためではなく、もともと持っているものなんだと思う。だから、いわゆるケータイ小説カテゴリ的な「いやらしさ」や「わざとらしさ」がなくて、至ってさわやかなのだ。

そして、何よりこの小説を素晴らしいものにしているのは、他でもない石田衣良の文体だろう。「文章は微分だ」としばしば言われるが、(石田衣良の作品全般にいえることだが)まさにこれは微分可能な限りの微分がなされていて、とても読みごたえがあるのだ。動的な主体に語らせることは容易だが、それでは物足りない。季節、街の雑踏、ランチのパスタのゆで具合、銀座線のホームに吹き抜ける風といった、主人公をとりまくすべてがより正確に語るとき、はじめて物語が命を持って動き出す。シンプルだけど、すべての描写が美しく、そして無駄がない。だから読んでいて気持ちいい。そんな小説だったように思う。

Amazonのレビューを見ていると、評価はぶっちゃけそれほど高くはないし、星1つも結構ある。ただ、思うのは、星いくつなんていう座標じゃ語れないということ。私は純粋にいいと思ったし、みんなにも読んでみてほしいと思ったのだ。

あと、文庫版のあとがきには泣けないと書いてあるが、それはウソだ。十二分に泣けるので要注意だ。

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美丘(石田衣良)

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