とりとめのない秋

重松清の「季節風」シリーズがおすすめだとタイムラインで目にして、本屋で見た文庫の表紙を思い出した。シンプルで明朝の映える秋色の表紙だ。そして、もうとっくに秋になっていたことも、ついでに思い出してしまった。

人は、歳をとるに従って、級数的に時間の流れを速く感じるようになるのだそうだ。小学生のとき先生が言っていた。「大人になると1年間が早くなるんだよ。」

季節には、色があると思う。ふきのとうのやさしい緑から春が始まり、山の木々は緑を増し、海には真っ赤な日が沈む。そうしているうちに、いくつかの台風が過ぎて木の葉は街を去り、北から灰色の冬空がやってくる。そして、ふたたび恋色の桜が咲いて、次の1年が始まる。

こんなにも様々な色が季節を私たちに伝えているというのに、ふと振り返ったときに、去年の夏がすぐそこにあるのはなぜだろうか。大量のサブルーチンに埋め尽くされた日常は、僕を麻痺させているのだろうか。

まあ、そんな戯言はどうでもよくて、ここのところ非常に忙しかった(という常套句は避けたいところだ)。2回連続で週末を千葉で過ごしたものだから無理もない。ただ、唯一救いなのは、僕が移動が好きだということだ。橋本から千葉というと2時間以上かかるのだが、特に混んでさえいなければ、何の苦にもならない。電車代はオートチャージで全く気にしない(笑)。景色を見るのが好きだし、本を読むのも好きだし、眠りに落ちるのも好きだから、電車は僕にとって好きな空間のひとつなのだ。あと、電車で詠む短歌は格別だ。車窓には季節があるし、アイツには夢がある。なんせ夏休みからずっと忙しくて、読書が絶対的に不足していた。千葉への2往復で本がたくさん読めたというだけでも、とてもいい週末だった。

何となく書き足りない気がするが、明日にでもまた書きたいと思う。Twitterばかりつぶやいてしまいがちなこの頃ではあるけど、やっぱりそれだけではいけないと思う。どうしたってあのつぶやきは直感的になりすぎる。思うことを噛み砕いて、言葉を選んで、わかりやすく書くというプロセスは常に欠かしてはいけないと思う。それに、僕のブログを楽しみにしてくれている人がたとえ1人でもいるなら、さすがに放置プレイはもうできないよね。

アマゾンで重松清の「季節風 秋」を注文したところで、今日はそろそろ寝ます。

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