映画レビュー「ミツバチの羽音と地球の回転」

この記事はレビューというよりも、どちらかというと僕の偏見の塊だと思う。そして、今まで絶対に書かないようにしてきたこの種の記事を、勇気を出して書きます。そして、この記事を読んだからには絶対に見に行く気が失せると思いますので、これから見に行く予定の方は読まない方が賢明です。はじめにご承知ください。

先日の日曜日、それは日帰り弾丸東京で終電帰りだった土曜日の次の日、飯島町の文化館で「ミツバチの羽音と地球の回転」という(いわゆる反原発プロパガンダっぽい)映画の上映会があった。正月のイナダネのイベントの際、飯島のタッキーさんという方に誘っていただいて(というか彼が上映実行委員会だったということもあり)、なんとか都合を付けて見に行きました。調べてみると、地域の人が箱を用意して上映会を主催するっていう形で全国で上映されているらしいです。大人1,000円でした。ちなみに、映像はフィルムではなく、DVDでした。(DVDでもいいけど、せめてバレないようにしてほしいですね…笑)

まあ、いつもの僕なら絶対に避けるだろうジャンルの映画なわけですよ。反原発のドキュメンタリーという時点で、制作者のバイアスがかかっていないはずがない。そして上映される箱の雰囲気もなんとなく想像がついてしまう。なんでも「系」を付ることはよくないとは分かっていても、「ハイパー意識高い系映画」だということは間違いありません。

はじめに言っておくと、僕は反原発派ではありません。それは、震災前後で変わっていません。もちろん、全ての原発を取って代わることができるだけの自然エネルギーが開発されれば、それに超したことはないと思います。というか、それほど遠くない将来そうなることは必須です。しかし、まだ今は、原発で生み出された電気を使って僕は暮らしています(今こうして叩いているPCだってそうだ)。だから、反対する権利は少なくとも僕にはないと思っているからです。

そして、この上映会に行こうと決めたのは、知り合いに誘われたから付き合いで…というわけでは決してありません。いい機会だと思ったからです。なんとなく避けていたこの種のものに、一度くらい向き合ってみようという気になったのです。そして、そうして初めて批判する権利を得るだろうと思ったからです。

上映の時間に席に座ると、映画は始まりませんでした。主催者がエアロバイクでLED電球を点灯させながら、鎌仲ひとみ監督の音声メッセージが10分くらい流れる、という演出があったのです。僕は少しだけ興ざめしてしまいました。映画監督は映画を語るな、映画で語れ、と思ってしまったのです。

そんな余談はさておいて、やっとここからレビューです。

結論から言うと、映画としてレビューするなら、厳しいようですが星0/5でした。内容うんぬんの以前に、構成や編集、映像、音声など、全体的によくありませんでした。個人的には外国人がしゃべってるシーンの吹き替えが残念だった。ドキュメンタリーだからとか、インディーズ映画だからとか言う人もいるのかもしれませんが、僕はそういうスタンスは嫌いです。制作者がその主張を本気で伝えたければ、まず映画のクオリティを上げるべきです。これでは、最初から意見が決まっている反原発派の人でなければ見に行くはずがありません。制作者はきっと、反原発派の人よりも、そうでない人や関心のない人にこそ主張したいはずです。どれだけ内容にこだわって、盛りだくさんで、2時間半の長編にしたところで、見てもらえなければ意味がないじゃないですか。僕が普段から「クオリティ」と言いまくっているのはそういうことです。何かを伝えたいのなら、まずクオリティを上げなければならないのです。

肝心の内容は…というと、とりあえず長く、大まかに3つにわかれていました。まず、原発建設を反対している祝島の人々の話。そして、いつ切り替わったかつかめないくらいの素早さで、対称的な例として、スウェーデンのオーバートーネオという街が出てきます。そして、またいきなり日本に戻り、今度は青森だかその辺の風力発電の話になり、そして最後にまた祝島に戻ってきて、終わる。こんなに長く感じた映画はそうそうありません。

はじまりの40分くらいは眠気と闘っていましたが(負けたことはナイショ)、オーバートーネオという街のシーンはなかなか興味深いものでした。おそらく結構寒い地域なのですが、住民たちが自ら、風力とか地域暖房とかいろいろ工夫して持続可能な生活をしている、という話。はじまりの祝島のシーンとは対称的に、住人たちがみんな楽しそうに暮らしていて、そういうシーンはとてもいいと思う。まあ、あえて対称的になっているのだろうけど、そうはいってもなぜこれほど日本とノリが違うのだろうか。僕はどうしたって、住民が行政や電力会社と言い争っているシーンが苦手です。原発に限った話じゃないけど、住人と政府、住人同士の諍いを生み出すようなものは、なるべくなら作らないほうがいいに決まっている。それはこの映画から最も感じたことのひとつだ。数値化できないけど、電力以上の面倒くさいモノが生産されてしまう。

家に帰ってレビューを検索してみると、案の定、賞賛するレビューやブログがわんさかありました。もちろん、このような作品に触れて、僕たちのエネルギーについて考えることはとても重要なことだし、必要なことだと思う。確かに、祝島の人々の暮らしは(いつも僕も言っていることだけど)シンプルの極みみたいな感じで、とても魅力的で、見習うべきところが多い。そんなシンプルな暮らしが成り立っている人々(ただし彼だって電気を使っている)に、言ってしまえば人口の少ない地域に、原発を押しつけるという構図は許されるものではない。だが、この映画をただ飲み込むのはよくないと思う。住人の100%が反対なのではないだろうし、議会や行政の言い分など、そういったところは映していない。反対の人だけを取材してまとめて映画にしているだけだ。ドキュメンタリー映画なんてバイアスのかかっているものだ、という人もいるかもしれないが、先にも書いたように、それでは中立的な人や反対の立場の人は決して見ようと思わない。

同じようなジャンルで、まだレビューを書いていないのだが「東京原発」という映画があります。東京都知事が「東京に原発を誘致する」と言いだし波紋を呼ぶ。都市に原発を作るのは危険だからダメで、なぜ地方ならいいのか、一人ひとりにとっては同じだけのリスクがあるはずなのに、人口が少ない方に押しつけることはおかしいのではないか、と視聴者に問いかける映画だ。この映画は2004年公開だが、僕は震災後にTSUTAYAで借りて見ました。とてもよかった。この映画は決して視聴者に考えを押しつけてはいない。考えるきっかけを与えるだけ。だから中立的だ。そして何より、面白い。シリアスなテーマにも関わらずユーモアたっぷりに描かれているのです。

映画とは何なのか。視聴者に楽しい時間を与えるものではないでしょうか。制作者が本当に主張したいのなら、本編をすべてYouTubeに載せたほうが、よっぽどいいのではないでしょうか。

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コメント

  1. IPPEI より:

    タッキーさん

    やっぱり、世代の差というものも大きいように思います。平成生まれの僕の世代は原発推進プロパガンダを受けていないわけで、そうすると映画の見方はだいぶ変わってくるのだと思います。

    今年度の授業は、ちょうど震災後ということもあってか、独占市場から、放射能、農業に関すること、生物多様性、電力自由化まで、様々な授業で多くのトピックを聞いてきました。期末試験が終わってすっかり忘れていた1年分の授業を少し思い出せたし、授業はまさにホットなことを扱っていたのだということも(今更ながら)わかりました。

    こうした地域の上映会などが少しでも多くの方が見ることにつながれば何よりですね。どう思うかはそれぞれですが、僕のように毛嫌いしている人が少しでも減ればいいと思う。だから、文化館の席が満席だったのには正直おどろきました。少ないですが若い人もいましたね。こういう機会を設けてくれたことに感謝しています。

    手厳しいブログを書いてしまい、大変恐縮に思っています。ただ、ただよかったですと言うのも逆に失礼かと思ってのことです。お許し下さい。

  2. タッキー より:

    IPPEIさん先日はありがとうございました
    そして、こうしてブログを執筆していただいてありがとうございました。

    手厳しいご意見ありがとうございます。上映した側が、きちんとした報告をしていなくて恐縮しています

    正直言って、自分は福島原子力発電所事故の前は、トラブルさえ起きなければ原発もやむなしと思っていた部分があったのですが、反面核廃棄物の事・原子力発電所が自然界に及ぼす影響など、こりゃ良くないなと思っていた次第・・・

    加えて原発推進のプロパガンダに浸ってきた我々は、メリット・デメリットをきちんと知った上で、何が好いのか好くないのかを判断して行きたいものです。

    何より、こうして普段話題に上げることを避けていたIPPEIさんが、ブログを書いてくれたことが一つの成果ではないかと思います。

    今まで国策として行われていたエネルギー政策ですが、これからは親方が決めることに従うのではなく、我々が声を上げ・小さな行動を起こして行く時代なのではないかと思うんです。

    世界の各地で、市民の運動がきっかけになって、国がひっくり返るような出来事がある時代、これから世界がどうなるかは、ミツバチのような小さな存在の我々にだって影響を与えることができるのではないでしょうか。