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鯛のムニエルとつながりみたいな時代

さてさて、今日もポイズンな記事を書こうと思います。このところIPPEIのブログがなんだかウザい方向に向かっているのではないかというツッコミは、一切受け付けません。そもそも、なんでブログなんかでポイズンを吐かなければいけなくなったのかというと、そうです、世の中を席巻しているSNS至上主義のせいに他なりません。

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決して今に始まったことではないけど、ユーザーが増えてきたSNSはなんだか言いたいことを言えない場所になってしまった。少なくとも僕の中ではそんな気がしている。ほら、Facebookって、いいこと(いいね!が付きそうなこと)しか書いちゃいけない空気があるじゃない。自意識過剰だね、はい。だけどやっぱり、友達減るのはこわい。減る増えるって表現もおかしいかもしれないけど、人に嫌わるとことに対するとてつもない恐怖がある。それはきっと、誰にも共通の真理だと思う。そんなわけで、僕は最近、Facebookから意識的にあるいは無意識的に距離を置いている。

それにしてもスマートフォンがここまで流行るとは、一体誰が予想したことだろう(みんなしたよ)。僕は、タッチパネルのあんなに平べったい端末、絶対に流行らないだろうと思っていた。そもそも、従来のガラケーに比べると、携帯電話としての操作性は最悪、携帯電話としての電池の持ちも最悪、端末代も高い(そうとも限らないけど)、パケット代は必然的に上限額を支払うことになる。そして何より、端末がデカい。ほら、デメリットしか思いつかない。なんてことはたぶんなくて、みんなスマフォに魅力や必要性を感じて買っているはずだ。

結局なんでここまで流行ったのか考えてみると、TwitterやFacebook、LINEといった多くのSNSがあったからだと僕は思う。ガラケーの頃は、FacebookやTwitterなんて携帯のブラウザから開くことはなく、家に帰ってからPCで見るものだった。それが今では、端末を手に持てば無意識に開いてしまうといっても過言ではない。そして、僕たちはいつだってプッシュ通知の滝にのまれている鮭のようなものだ(もはや遡上などできない)。日本でFacebookが流行り始めたころ、ちょうどスマフォが流行り始め、スマフォを買った人はFacebookを始め、周りのひとたちも時代に乗り遅れまいと(あるいは友達に乗り遅れまいと)Facebookを始めた。そして、Facebookを始めたけどスマフォを持ってない人たちは、どうしてもスマフォが欲しくなる。何故って、外出中にFacebookを見れないと困るからだ(精神的に)。僕はそんなシナリオを考えてみた。多くのアンケート調査とかではまた違った理由があがっているだろうが、こういう側面も少しはあると思う。

リアルタイムで自分の行動をアップデートして、友達が押してくれる「いいね!」をリアルタイムで数え、新しい人に出会ったらリアルタイムで友達申請しなければ生きていけない時代になってしまった(大げさ)。リアルタイムってそんなに気持ちいいだろうか。某テロ対策テレビドラマの大ファンから言わせると、リアルタイムなんてものはTwenty Fourだけで十分だ。

高度情報化社会を迎える以前、僕たちは「情報は鮮度が大切だ」とよく言ったものだ。しかし、ここまで常時高速接続(人々はブロードバンドと呼ぶ)のインターネットが当たり前になった今、鮮度について考えてみることも必要ではないだろうか。4丁目の交差点で爆弾ベストを着た男が人質を取っていてヤバいよ、という情報は1秒でも早く知りたい。一方で、僕がどこそこのレストランで誰それと鯛のムニエルを食べているよ、なんて情報を一体だれがリアルタイムで知りたいだろうか(いや誰も知りたくなんかない・反語)。

そういう話って、軽く寝かせたくらいがちょうどいい。1週間後でも1年後でも、そのことを伝えたいと思える友達に会ったときに話すからこそ楽しい。決してネタの鮮度が落ちるということはなくて、うつろな記憶から語られる話は、自分にとっても懐かしくて心地のよいものになるに違いない。ムニエルの写真に店の座標を添えてFacebookにアップしたら、それで友達みんなに伝えた気になってしまう。けど、それってたぶん誰一人にも伝わってない。

鯛は、絞めてから半日経ったくらいが一番美味しいと言われている。「美味しい話」はなるべくオフラインで伝えたいものだ。

買い物しようよ!

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