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つながらない(IPPEI、Facebookやめるってよ)

鎌田實さんの「がんばらない」という本があったが、今日の記事のタイトルは「つながらない」だ。またSNSを否定する記事かよ、しつこいんだよ!と思った方、どうぞ戻るボタンを今すぐに押してください(笑)。

Facebookから離れて2日くらいが経った。率直なところ、とても気持ちがいい。あまりにもすがしがしい。離れたといっても、iPhoneからアプリを削除して、ブラウザからブックマークを削除しただけだ。それでも、プッシュ通知が来なくなっただけで、生活はかなり快適になった。

結局、背伸びをしていたのだと思う。それは、自分の軸ではなくて、他人が定義した軸に向かって、ひたすらに背伸びをしていた。他人の軸でというのは、いいね!と言われるよなことばかりを投稿するということだ。リア充自慢も、今日の出会いに感謝(キラキラ☆)みたいなクサいことを言うのも、散歩しながらセンチメンタルな空の写真をアップすることも、僕にとってはすべて他人の軸での背伸びでしかなかった。もちろん、この記事みたいなことは一切書かない、書けない。

一方で、どんな過激なことでも、ブログには堂々と書ける。自分の軸に対しては思いっきり背伸びするけど、他人の軸を意識する必要などない。それは何故か。ここは「おれの場所」だからだ。ここには僕が書きたいことだけが書かれていて、僕や僕の書く記事に興味がある人だけがアクセスする。興味のない人や、僕のことを嫌いな人はアクセスしない。それは、オフラインの人間関係にきわめて近い。だから、心地がよい。ところが、Facebookでは、好きな人とも嫌いな人(あるいは興味のない人)とも、すべての人とつながらざるを得ない。そういうツールなのだから仕方ないし、それを心地よく感じる人が続けているのだろうが、僕はどうしてもダメだった。だから、離れることにした。それはあまりにも遅すぎた。

某学生団体のイベントなんかでも、Facebookで告知するといろんな人が来てくれて、おもしろかったり、おもしろくなかったりするわけだけど、ほとんどは結局その日に会ってそれきりで、Facebookの関係だけが残るというのが常だ。そういう人とまた個人的に会いたいと思うことはめったにない。Facebookは集客のツールにはなるかもしれないけど、人間関係を作るツールにはなれないと思う。もちろん、そこで出会って本当に仲良くなったなら実に素晴らしいことだが、それは決してマストではない。あるブログの言葉を引用させていただくと、ソーシャル・ネットワーキングとは「いざというときに便利に使える上っ面の知り合いをひとりでも多く持つこと」だという。上手い定義だと思う。そして、僕は思う。ひとりでも多くの上っ面の知り合いを持つより、たったひとりでも本当に信頼しあえる友人を持っていることのほうが、ずっと大切だ。

震災のせいもあってか、「つながり」や「絆」といった言葉が少しばかり流行りすぎてしまった。それらは僕が最も苦手とする言葉たちだ。本物の絆は、言葉で語られるものではないからだ。

つながりありきのつながりは、もういらない。

買い物しようよ!

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