さてさて、もう1冊ブックレビューを書いておきましょう。ちなみに、まだ何冊か残っているので、7月はレビューの雨期になりそうです。きっと、君と、ウキウキ雨期。

今日紹介する本は、社会学者の土井隆義さんの新書で「友だち地獄-『空気を読む』世代のサバイバル」です。この本を手に取ったのは、某会議の際に某先輩が紹介してくれたからです。だいたいの内容を聞いて、これは読むべきだ、買うしかないと思い、早速次の日に買ったというわけです。そして、これを読んだことによって、高3のころから抱いていた、何かモヤモヤとしたものがわずかながら取り払われたような気がしています。

どんな話かというと、現代の若者(たぶん中学生から大学生くらいを指していると思われる)が「空気を読みすぎている」ということ。彼らのコミュニティには、傷つけず、傷つけられずという大前提があり、それを侵食することは、コミュニティからの排除を意味している。ここまで読んでいただいて「ああ、なるほどね」と理解された方は、きっと一人で行動するのが平気、あるいは好きな方かもしれません。ようするに、現代のほとんどの若者が、極めて表面的で脆弱な友人関係の中で生きているという批判です。批判ですが、具体的な解決策を示しているわけでは決してなく、これを読んだからといってどうなるというものではありませんが、少なくとも自分に対してもう少しインデペンデントしようと思えるようになるかもしれません。まあ個人差はあると思いますが。

彼らは常に「優しい関係」を築くことに必死です。私たちは少なからず友人関係というコミュニティに属しているわけですが、そのコミュニティはしばしば脆弱だったりします。脆弱というのは、ちょっとした脅威によって壊れてしまう危険性をはらんでいるということです。

先日、読書でもしようとロイヤルホストに行き、コーヒーを飲んでいると、8人の女子高生が入ってきました。彼女らは割と単価の低いものを食べ、1時間ほどで出ていったのですが、その際に8人全員がに別会計をしていました。私は驚きを隠せません。この事象は、まさに優しい関係に基づいていると言える。つまり、彼女たちの中にはリーダーが存在せず、いわゆる「なあなあ」な関係を築いているのでしょう。おそらく、何人かは「ロイホなんか行きたくないなあ。早く家に帰りたいなあ」と思っていた可能性は否めません。ただ、そこでロイホに行かないという選択は、よっぽどの正当な理由がない限り認められません。もちろん、面倒だからというのは、正当な理由に含まれません。実際に「面倒だから行かない」と言ってしまえば行かなくてもいいけれど、そのコミュニティから排除されるリスクを大いに伴うでしょう。少なくとも、ロイホに誘われる機会は減る。別に排除されてもいいじゃないか、と思う人もいるでしょう。私も思います。しかし、本人たちにそう考える余地はありません。排除されるということは、これから生きていくコミュニティがなくなるということ。つまりは、ひとりぼっちになるということだからです。

これは、主に中学から高校では女子に多く、大学になれば男子にも同様に見られます。授業を一緒に受け、一緒に移動し、トイレにも一歩に行き、そして学食で一緒にランチを食べる。そういった学生が結構多い。そして、その反面、学食で一人でランチを食べることが恥ずかしく思い、トイレの個室で弁当を食べる「便所飯」が問題となっています。先日も私が一人でランチを食べていたら、クラスの友人がテーブルに座ってきて、「IPPEIは割と一人でいるけど、さすがに一人学食はすごいよね。俺にはできないよ」と言われました。私から言わせると、5人で学食に行くことの方が難しい。まず席を見つけるところから面倒です。

私は高校生の頃から一人でいることが好きになりました。昼休みなんかは保健室でコーヒーを飲んでいるような高校生でした。2人や3人ならいいんですが、5人も連れだって行動したりすることが、その頃からとても苦手でした。そういう考えの方には飲み込みやすい本かもしれませんが、そうでない方には理解し難いものかもしれません。この記事に関して批評などあるかもしれませんが、とりあえずは本を読んでみて欲しいです。

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友だち地獄―「空気を読む」世代のサバイバル(土井隆義)